旅客機からの緊急脱出【下】
3日連続投稿中の『旅客機からの緊急脱出』3部作の最終回です。お盆で飛行機に乗られる予定がある方はぜひ読んでください。そしてできれば多くの方にシェアしていただけないでしょうか。空の旅をもっと安全にしたいんです。みなさんのお力で。
目次
「絶対に安全」は存在しない
監視とは
健常者が考えないこと
「90秒ルール」
ジェット機とプロペラ機
パニックコントロール
ニュースバリュー
<安全のしおり>
6. パニックコントロール
車でちょっとそこまで外出する時に天気を確認しますか?それによって時間をずらしたりルートを変えますか?整備記録は毎日確認していますか?タイヤの周りやオイルの点検を日々おこなっていますか?
車で事故にあう確率は、飛行機の場合よりもはるかに高いことは広く知られています。それでもそんなことをする人はいないと思います。僕だってしません。
飛行機を飛ばす時、僕らは必ず上記のことを確認します。しないと出発できません。出発しません。そのように決まっているのです。いくら飛行機が遅れて到着しても「出発準備に時間を要しています」というアナウンスが聞こえてきます。その間もちろん機内の清掃もしていますが、全ての安全確認が終わらないと乗客の搭乗を開始しません。それだけしつこいほど毎便毎便 安全に飛ばせる状態であることを確認しないと、飛行機というものは飛ばさない乗り物なのです。ジェット機であれプロペラ機であれ、いかに安全にこだわって運航されているかということがわかっていただけるかと思います。
ここで先ほどの話しに戻ります。
どうやったら早く脱出できるのでしょうか?
実は違いを出すのは乗客の皆さんなのです。
飛行機は満席の時もガラガラの時もあります。シーズンや時間帯によって同じ大きさの飛行機でも、搭乗する人数は大きく違います。僕は満席の飛行機に乗る度に、通路から客席を見ていつも思うことがあります。
「何かあったらこの人たちはみんな言うことを聞いてくれるのかな…」
恐いんです。群衆をコントロールすることはとても難しいことです。
修学旅行のグループなら比較的素直に指示に従ってくれるかな?ずっと大声で騒いでる集団がいるなぁ。さっきからあの人すごい高圧的な態度でCAに文句を言ってるなぁ。路線によって客層というものがあります。
ひとたび一人がパニックになって叫んだり突拍子もない動きをし出すと、それに同調する人が出てきます。必ず後に続く人が。そして あっという間にコントロールできなくなります。押し寄せてくる波には勝てません。もはや大声を出して制止しても声が届かないのですから。場合によっては緊急脱出することによって逆に死傷者が出てしまうケースもあります。慎重な判断が必要です。なんでもかんでも脱出すれば良いという訳ではないのです。
最終的に脱出するかどうかを決めるのは機長です。もしもの時には副操縦士が。それもダメならチーフパーサーの順番。誰かがチームを指揮しなければいけません。勝手に行動されるとパニックの始まりになります。とにかく指示を待つんです。緊急脱出が必要に見えるような時にCAは簡単に持ち場を離れることはしません。その姿があなたには見えないかもしれませんが、CA同士お互いに見えない広い機内、前と後ろでインターホンで連絡をとりあってどんな状況なのか、どの非常口を開けるのがベストなのかを把握することに全力を尽くします。
コクピットと連絡が取れない場合は当然CAが独自で判断することもあります。パイロットに指示を仰がずCA達で決断して脱出を始める基準も設けられています。いろんな場合が想定されていますが、どの場合であれ一番最初にすることは冷静に判断を下すことです。考えてもみて下さい。緊急時にじっと持ち場を離れず指示を待つ。相当な精神力です。普通の方なら叫び始めるところを、じっとその場で脱出についてベストな方法を急いで話し合うのです。
細く、高い声で発せられる「落ち着いて!」「カームダウン!」という、CAが乗客を制止するために一斉に連呼する言葉。「まるで学芸会のよう」と揶揄されたコメントを見たことがあります。わかります。
日本語特有の発声の仕方だと思いますが、海外から戻ると日本人の声がとても高く聞こえます。何も女性に限ったことではないのですが、甲高い声で絶叫している野球やマラソン中継などを見ると、耳を塞ぎたくなることもありました。アメリカのニュース番組や映画の宣伝で話される重低音の英語を聞いて、なんとなくどっしりと落ち着いた印象を受けないでしょうか。ディズニーランドなどで英語のアナウンスを聞いてそう感じたことはありませんか?
甲高い声が続くと少し子供っぽく聞こえ、ゆえに Credibility がないような印象を無意識に与えてしまうのかもしれません。「信頼性」という訳よりも「オフィシャルに聞こえず、信用してもらえない」という表現の方がしっくりくるように思えます。日本語を話す際にこの高い声というのは無意識の域でデメリットになりえると感じています。ですので僕も日本語でアナウンスをする際は、努めて声のトーンを落として話すようにしています。もし皆さんが緊急時にCAの指示を聞いて、Credibility が低い、あるいは頼りないと感じるのであれば、おそらくそれが原因ではないかと思います。
しかしどのように感じとられようと、緊急時の対応の仕方はあなたよりCAの方が詳しいのは事実。絶対にです。乗客のみなさんは一度も訓練をされたことがありませんが、われわれは緊急訓練ばかりやっているのですから。ですので素直に指示に従って頂くだけで、脱出へ向けての円滑な流れを作ることができるのです。
むやみに誰か1人立ちあがって動き出すと、一斉に多くの人が真似をしだすのではないか。これが一番の懸念なのです。都会に暮らす人なら、満員電車から出るのがいかに大変なことかご存知のはず。
全てはパニックコントロール。スムースに脱出できるか否かは皆さん一人ひとりの行動にかかっているのです。いかに飛行機が安全な乗り物であるかはわかっていただけたと思いますが、緊急時の安全性を大きく左右させるのは、実は乗客の皆さんの行動なんです。
7. ニュースバリュー
これだけ安全な乗り物なのに、飛行機事故が1件起こると長く人の記憶に残ります。アメリカでの大学時代の授業で習ったお話しです。昔ある小学校で大火災が起き、多くの児童と教師が亡くなる大惨事があったそうです。そしてその同じ日に、飛行機の墜落事故が起きて多くの方が命を落としたことが。大ニュースになって人々の記憶に残っているのは飛行機のニュースだけ。
2024年の正月、僕はたまたま北陸地方の上空を飛んでいました。遠くから能登半島の方でずっと赤い大きな光が見えていました。降りてからそれが震災で起きた能登での大火災であったことを知りました。翌日1月2日は関東地方の空を飛んでいる時に、羽田空港付近で多くの飛行機が上空で待機するように指示を受けていて、いったい何が起こっているのだろうと思っていました。これも降りてから空港で大惨事があったことを知りました。
そして瞬時に、能登の地震のニュースが飛行機のニュースに乗っ取られてしまうのでないかと思いました。昔から飛行機事故というのはニュースバリューが高いものです。冬の寒空のなか北陸地方で被災された方々が気の毒でなりません。このようにして余計に飛行機とは危ないものだという観念が植え付けられていくのです。
2024年1月の中旬、自分自身の年に一度の緊急訓練のために会社の訓練施設へ行きました。そこでいつもながらCA達が別室で脱出訓練をしている姿が目に入りました。気合が入ってました。気のせいかもしれないですが、いつもより声が大きく、張り合いがあったように感じられました。プロとして当たり前なんですが、悲しいニュースにめげることなく、前を向いて勇気をもって、厳しい訓練を行っていました。皆さんは目にしたことがないでしょうが、僕が好きなCAの姿があります。それは両手両足を大きく広げて、体全体で非常口をふさぐ姿です。非常口を解放した後、脱出スライドが自動的に膨らんで完全に滑れる状態になるまで(飛行機の大きさによって)5秒~10秒ほどかかります。ちゃんと膨らんだのか。安全に滑れる状態になったのか。それを最後に確認してから乗客の脱出開始を誘導します。その間CAは両手で出口の両端をがっしりつかんで、両足を広げて非常口をブロックします。背中全体でXの字を作って。開けた瞬間にパニックを起こした乗客が外に出始めると命にかかわります。飛行機の大きさによってはビルの2階以上の高さからスライドを滑り落ちることになるのですから。
最後まで命を守る姿です。まだ絶対に使わせまいと。
この人たちに後ろの客席を任せて、僕らは今日も前で操縦しています。
【安全のしおり】
離着陸時
トレイをなおして / つっかえて脱出が遅れます
リクライニングをなおして / つっかえて脱出が遅れます
非常口に物を置かないで / 後ろの人もその後ろの人もつまずきます
窓のシェードを開けて / どっち側が燃えてる?使える非常口を決めます
電気を消します / 目を暗闇にならしてます
常に
禁煙 / 機内の乾燥度は半端なし、炎はすぐ燃え広がります
シートベルトを締めて / 本当にあなただけ吹っ飛びます
脱出時
荷物持たないで / 大切な物入ってるの知ってます、あきらめて下さい
撮影やめて / うつむいてると転びます、後ろの人も、その後ろも
妊婦さんを助けて / 出っ張ったお腹重くて急げません
ハイヒールは脱いで / 脱出スライドに穴があきます
叫んだり罵声を浴びさせないで / 何も変わりません
CAのデモ見て / 酸素マスクの紐、引っ張らないと作動しませんよ?
安全ビデオ・安全のしおり見て / 救命胴衣つけれますか?
CAの指示に従って / あなたより脱出について詳しいです
はるかに
機長は最後まで残ります
固まった人 / 助けにいきます
Travel Smart
寺ピー
*最後に*
この記事は、2024年の1月に note に投稿した内容に少し手を入れたものです。たくさんの読者から前向きなご感想をいただき、その反響を受けて今回 Substack にも再掲載いたしました。なお、本記事の内容は拙著にも収録しております。ご興味があれば、リンクよりお求めいただけます。多くの方にシェアしていただけると幸いです。みなさんの安全な空の旅が、より安全で穏やかなものになるよう、この文章が必要な方に届くことを願っています。
旅客機からの緊急脱出【上】
飛行機に乗っているCA(Cabin Attendant/ 客室乗務員)の職務は何かご存知ですか?乗客に笑顔で飲み物を配るのが主な仕事だと勘違いされていませんか。実は飛行機に搭乗する時から降りるまで、ずっと皆さんを監視することが仕事なんです。そう言われると気分が悪いでしょう。気持ちの良いものではありませんよね。






機長さんから視点で、安全のお話聞けることなんて中々ないですよね。
夏休み期間のシェア、ありがとうございます😊
貴重な記事だ。
機長さんだけに。
全3回の連載、素晴らしい内容でした。
空の安全を守るプロの視点の「安全のしおり」、知らなかったことの連続です。
航空会社の工夫とか安全への情熱を知って、飛行機への信頼感が深まりました。貴重なお話、ありがとうございました。